【特集】エミレーツ国立自動車博物館。

20200110

 

1:博物館外観。

 

 

アブダビ市街から車で40分くらい。とにかく砂漠を突き進み。目の前に現れるこの奇妙な光景。

 

そびえ立つピラミッドと、砂漠のど真ん中になぜか航空機。

 

 

入り口で1000円くらい払って敷地内にはいるとこんな感じ。

 

あまり手入れされてない駐車場、その真ん中に誇らしげにたたずむでっかい地球型のクルマ。中に人が乗れるらしい。来場者をまず驚かせるサプライズらしい。

 

まったく興味をひかれなかったのでとりあえずスルー。

 

 

こっちには世界一でかいジープ(飾りじゃなく実際に動く)。

 

 

ちなみに、奥に見えるでっかいプレハブ小屋も牽引式キャンピングカー。東京にある一軒家よりも確実にデカイ。

 

これらも容赦無くスルー。

 

 

博物館入り口に放置されていたのは、メルセデス350SEL。

 

いつもと少し雰囲気が違うのは、オシャレな足元のせい。夜の銀座でもしっかりと個性を発揮する絶妙なハミタイ具合。

 

 

 

2:博物館内部へ。

 

もう中に入らないで帰ろうかなと思ったんだけど、一応ピラミッドの中へ。

 

そしたら一転。

 

すごいったらアリャしない。

 

 

この所蔵台数。イケてるディスプレイ方法(マジで凄い!)。

 

主には古いアメ車を中心とした内容で、年代ごとに並べられたその光景は圧巻。

 

 

いやー、すごい。

 

 

うんうん。スゴイスゴイ。

 

けれども。ボクがこの辺まったく詳しくないので細かいハナシは割愛。

 

 

 

3:ザ・石油王なメルセデスが最高すぎる。

 

さて、ここからが本番。

 

エミレーツ国立自動車博物館のピラミッドのなかで一番のホットポイントがメルセデスコーナー。だってこの状態⬇︎だもんね。

 

 

虹色に輝く560SEL。

 

この光景をみて思い出した。そういえば小学生のころに「どこぞの砂漠の国王がベンツの最上級モデルを虹色で揃えてる」みたいな話を聞いてビックリした記憶があるもの。

 

それが目の前にあると思うとなかなかの感動。

 

 

内装までフルコーディネート。

 

 

サイドマフラー&オバフェンなどといったさり気ないセンス。奇抜カラーリングだけに頼らないディテールも胸アツ。

 

 

上は闇金仕様のSEL500。

 

下は配色の妙で魅せるSL。

 

 

レインボーカラーとゴールドクロームの色使いはオシャレ上級者テク。

 

 

少し地味だけど、東京のミリオネアにおすすめしたいのが⬇︎。

 

 

W220 Sクラスのオープン。2010年に1億5000万円で特別販売されたマイバッハ・ランドレー(下写真)を先取りしたかのような一台。

 

 

こういうビミョーなクルマ(上写真)が、国立を名乗る博物館に、素晴らしいディスプレイの中で鎮座。

 

クセの強さがとても異次元。

 

 

 

4:実は全部がとある人物のプライベートコレクション

 

最後を飾るのはコレ。

 

 

世界一大きいダッジのトラック。前にちょこんと置いてあるのが普通のやつ。車体の下の階段を使ってきちんとクルマにも乗れるようになってる。

 

少し真面目な話をすると。

 

デカいトラックの後ろに肖像画が飾られてることにピンと来る人もいるかもだけど。

 

この博物館にあるクルマの数々は、もともとはハマド・ビン・ハムダン・アル・ナヒヤーン氏のプライベートコレクション(ナヒヤーン家はアブダビ首長)。

 

偉大な功績を残し、レインボー・シェイク(シェイクは首長の意味)と呼ばれたそうで。そんなエピソードを知ると、あの虹色メルセデスに隠された想いも見えてくる。

 

 

デカさにこだわり。

 

虹色にこだわり。

 

クルマ選びもどこか一般とはズレた選球眼で。

 

少し変。でも滲み出るクルマ愛。そこが魅力のエミレーツ国立自動車博物館。

 

今よりももっと昔。まだ中東の国が謎めいていた時代。そんな時に砂漠のど真ん中で繰り広げられていた「豪華絢爛アラビアン国王ライフスタイル」を今に伝えるかのような。

 

(おしまい)

 

◆Text : Nori Tohyama

 

 

特集:東京ロールスロイス。

20200101

 

一台一台がビスポーク。

 

すべてのディテールがカスタムメイド。

 

どのファントムも内装は豪華で色鮮やかで、どのゴーストだって個性にあふれた世界に唯一の仕上がりで。

 

ロールスロイス自体がそんな特別なクルマだからこそ、この“異質”な一台に目が奪われる。

 

 

東京を走るこのカリナン。

 

インテリアに選ばれたのは、ベーシックなブラックレザーと、ほんの些細なネイビーのアクセント。

 

ダッシュボードの裏地部分、ドアパネルのアームレスト、そしてシートベルト。

 

最低限の箇所にとどめた、最低限のコントラストに抑えた、黒と紺のツートンカラー。

 

 

まるで全身ブラックのライダースジャケット、その襟の裏側にだけこっそりと同系色レザーを張るかのような。

 

香るか、香らないか。

 

ほんの小さな個性。

 

 

エクステリアも同様。

 

グリル、モール、ホイールをブラックアウトし、黒と紺のツートンに。

 

 

世界最高峰ブランド。

 

世界に一台のビスポーク。

 

だからこそすべてを最小限に。そしてもっとストリートに。

 

そんな、東京ロールスロイス。

 

 

(Text & Photo:Nori Tohyama)

特集:木村武史インタビュー

20191224

 

1:木村武史という男

 

「文字通り、毎日です」

 

タクシーやハイヤーが列を作る夕暮れの東京都心部を、なめらかな所作ですり抜けた真っ赤なフェラーリF40ライトウェイトが、とある高層オフィスビルに飲み込まれていく。

 

「商談へいくのもF40。オフィスに駐めるときも立駐。仕事は“効率性”重視なので」

 

おおよそ歴史的名マシンには似つかわしくない立体駐車場に収まったF40からは、バリっと仕上げた一流スーツに身を包んだ、ひとりのビジネスマンが降りてくる。

 

特別な演出でも何でもない。この男にとってはこれが日常のワンシーンだった。

 

木村武史、49歳。

職業、不動産屋。

 

 

常に時流を読み、時に先回りをして大胆な決断を続けてきた。自らで興した株式会社ルーフの代表取締役として、年商60億以上を稼ぎ出す。事業用不動産のプロフェッショナルでありながら、不動産業界以外にも常にアンテナを張り巡らせる、やり手のビジネスマンだ。

 

夢ではない現実的な目標として、これから5年で「1000億円規模の企業」を掲げている。

 

木村武史、49歳。

そして、栄光のル・マンドライバー。

 

 

成功者に自動車趣味は付きものだが、この男のスケールは“趣味”の範疇を超えている。なにしろ、ル・マンドライバーである。2019年、ル・マン24時間耐久レース。そのLM-GTE Amクラスにおいて、初参戦ながら5位で完走を果たした。

 

夢ではない現実的な目標として、たったの5年で有言実行したサクセス・ストーリーだった。

 

 

2:純粋なる探究心

 

昔からピュアな男だった。

 

かつては、マクラーレンP1やランボルギーニ・アヴェンタドールを持ち出し、夜な夜なストリートで暴れまわってきた。

 

木村武史は「最速」と謳われたクルマを手に入れたら、それを実証してみないと気が済まないタチだった。ポルシェ・カイエンが声高に主張するオフロード走破性をかたくなに信じ、納車早々に箱根の山で断崖絶壁に挑み、転げ落ちたこともある。

 

 

抑えきれない自分の探究心を自覚する彼は、当時、自らをこう表現していた。

 

「ボクは自動車冒険家です」と。

 

そして、自動車メーカーが世に提示する性能は、決して数値だけのものではなく、その存在感も含まれると思っている。つまりはカッコいいこと。クルマ自体がとてもカッコいいのだから、乗り手もそれに敬意を払って乗らなければならないと、己に課していた。少なくとも自分の乗り方によって「カッコいいクルマのイメージに傷をつけてはならない」と。

 

「ストリートではそのクルマがカッコよく見えるように、ひたすら全開で走ってました。“品川××のマクラーレンが速いぞ”って密かに語られるのってなんかカッコいい」

 

 

その頃、初めて乗ったレーシングカー(ウラカン・スーパートロフェオ)の、常軌を逸したような動力性能にノックアウトされた。とはいえ、冷静に考えると扱いきれない存在ではなかった。天性の才能なのか、もともと運転技術は長けていた。

 

そうなると木村武史の探検家としての探究心は止まらない。

 

今度はレーシングカーに傾倒していく。レースの世界を見れば、凄いタイムで駆け抜けるカテゴリーがあり、ドライバーだって猛者揃いだ。彼の飽くなき探究心が燃え上がり、レースの世界へと足を踏み入れるのは自然な成り行きだった。

 

 

3:栄光のル・マンへ

 

「初めてサーキットを走った時から、“周りがよく見えている”って褒められたんですよ。視界がめちゃくちゃ広いというより、まるで自分を真上から俯瞰できている感じで。それはレースレベルが上がっていくにつれて役に立ったんです」

 

 

CARGUY(カーガイ)を立ち上げてクルマ趣味を満喫しながらも、本格的にレース活動へとのめりこんでいったのは44歳のころ。遅咲きのジェントルマン・ドライバーながら、ランボルギーニのワンメイクレースに始まり、そしてスーパー耐久へと順調に駒を進めた。

 

本人は「ホンダNSX GT3が欲しくて、走るステージを探していただけ」というが、2018年には日本最高峰のGTレースカテゴリーであるSUPER GTにまで参戦してしまったのだから凄い。それも自社でCARGUYレーシングというチーム体制を作り上げ、ホンダNSX GT3の1号車デビューを引き受ける形での参戦だった。

 

「SUPER GTが国内最高峰だと知ったら、今度は世界の頂点を目指したくなった。だから『オレ、ル・マン出る』ってつい口から出ちゃった(笑)。正直それまでル・マン24時間なんてほとんど知らなかったんですけど」

 

(⬆︎丸の内に構えるオフィス。その窓際に並ぶトロフィーの数々)

 

ル・マン24時間という言葉は自動車趣味人にとって特別な響きを持つこと。会社経営で言えば“一部上場”に相当する目標的な意味合いがあること。それを知った木村武史は、だからこそ“ル・マン”と声高に訴え、次なる冒険の着地点をそこに定めた。

 

その熱意に共感した人間が集い、手に入れたのは「CARGUY Racing × AF Corse Ferrari 488 GT3」。いわばフェラーリのセミワークス体制だった。つまりフェラーリが全面的に協力した格好だ。彼は単なるスーパーカー・オーナーから、フェラーリすら認めさせるジェントルマン・ドライバーとなった。

 

 

4:初出場でまさかの入賞

 

誰もが参戦できるほどル・マン24時間は甘くない。まずは各大陸で開催されるシリーズ戦で結果を残さなければ、ル・マン24時間への切符は得られない。

 

 

そして、参戦したのは強豪集うアジアン・ル・マン。木村は圧倒的なスピードを魅せつけ、初戦の上海から富士、タイ、そしてセパンと怒涛の4連勝を遂げ、見事に世界への切符を手に入れた。

 

「あれ以上はできないですよ。っていうくらい、ずっと100%全開で突っ走り続けました。ボクは、“次、頑張る”っていう人の未来はないと思う。だって、次に頑張れるのなら、まだ余力が残っていたってことじゃないですか。そういうのはボクには一切ない。美談も必要ない。レースもビジネスも、そして人生も、すべてが結果だけですから」

 

 

そして、ル・マン24時間本戦。結果的に、CARGUYレーシングは初参戦にしてクラス5位入賞という快挙を成し遂げた。

 

「チェッカーを受けてまず思ったのは『もう二度とやりたくない』っていう正直な感想。思い出すのも嫌なくらい辛かった。もしも1周目でクラッシュしたら仲間たちにもスポンサー様にもフェラーリにも顔が立たないって、毎晩夢にみるくらい実はビビっていたんです(笑)」

 

 

24時間をたったの3人で分担して走る。その肉体的疲労に加えて、自らが『チーム代表』を務めるが故の精神的なプレッシャー。チーム代表兼ドライバーならではの、さらに過酷でさらに孤独な24時間レース。

 

そんな最高峰のステージで持ち帰った確かな「結果」。わずか数年で首都高の走り屋が世界の頂点へと手を伸ばした瞬間だった。

 

 

5:レースに見出した本質

 

木村武史はしかし、根性論だけでレースを闘ったわけではない。そこには、一流ビジネスマン特有のクールな考え方を持ち込んでいた。

 

「モータースポーツは他のスポーツと違って、スポーツよりもモーターが先にくる。モーターを動かすお金が必要だっていうことですよね。才能があってもお金がなければ、決してこの競技には参加できない。逆に言うと、お金さえあればチャンスが芽生えるんです。こんなに平等で開かれた競技なんて、他にはないんじゃないですかね」

 

 

その上で、資金力だけでは決して勝てないのもまたレースだ。

 

「会社経営と同レベルの、極めて論理的な戦略が欠かせない。ミスの取り返しがつかないという意味では、会社経営より大変かもしれない。いくらドライバーがコンマ1秒を詰めて詰めても、タイヤ交換でミスればもう勝てない。そして、エンジニアやメカニック、多数のスポンサー、マネージャーなど多くのご協力を仰いで、全員の力で勝ちにいく。そういう意味ではファンドと同じ。ドライバーであるボクはファンドマネージャーみたいなもの」

 

 

いかにも木村武史らしい発想が、レースでは顕著に活かされた。もちろん努力や根性は必要不可欠だ。彼は想像を絶する努力をしたはずだ。すべてを「お金で買った」わけではない。

 

語りつくせぬ努力を重ね、裏でプレッシャーと闘って打ち勝ったからこそ、胸を張って語れるような意見だと思った。

 

 

6:レースを通じて学んだもの

 

ル・マン24時間で5位入賞を果たした木村武史は、その達成感に打ちひしがれながらも、次の瞬間にはもう次のステージへと目を向けていた。

 

次なる野望は、彼の真骨頂であるビジネスの世界だ。今の規模のおよそ10倍。1000億円規模の会社にしようと目論む。それは決して「非現実的な夢」ではなく「実現可能な目標」だった。しかも5年という刹那な時間で達成すると公言している。

 

(⬆︎新たに納車された488ピスタ・ピロティフェラーリ。正式なフェラーリドライバーにしか購入権が与えられないスペシャルモデル)

 

「1000億円企業になったら、今より1000倍カッコいいことができると思うんです。ボクはもう49歳。第一線でカッコよく突っ走っていられる時間は残り20年しかないと考えると、とにかく時間がない。レースに没頭してきた5年間は、人生においてのピットインみたいなものです」

 

多くの人にとって夢であるはずのル・マン24時間挑戦を「人生のピットイン」と断言するのがいかにも木村武史らしい。

 

レースラップ中、常にコンマ1秒を詰めてきたように、彼は必ず、毎日少しずつでも成果を出すことを己に課す。その上で来るべきチャンスを虎視眈々と待っている。コンマ1秒が勝敗を左右するル・マン24時間で木村武史が得たのは、決して富や名声などではなく、あらゆる社会生活におけるコンマ1秒の大切さだった。

 

 

ル・マンを目指して結果を残した男が、いざ1000億円を手にしたら、今度はいったい何をしでかすのか。

 

 

7:そして未来へ

 

夜の首都高を走るF40の艶姿はタマらなくカッコよかった。撮影途中、F40は予定していなかった辰巳パーキングに駆け込む。

 

「参った! いきなりドア壊れちゃうんだもの。コーナー攻めるとドアがドタンバタン開いたり閉じたり(笑)」

 

博物館級の超希少種となるF40ライトウェイト。その故障すら軽く笑い飛ばし、仲間とはしゃぐその笑顔は、紛れもないひとりのクルマ好きだった。

 

首都高の走り屋をやっていたクルマ好きニーチャンが栄光のル・マンドライバーへ。普通のビジネスマンだった男が今や1000億円企業を目指す社長へ。とにかくいつも限界に挑戦する冒険家、木村武史。

 

そうして。彼は夜の首都高へと走り去っていった。F40のエンジンサウンドをボクらの脳裏へ響かせながら。閉まらなくなったドアを片手で押さえながら。

 

(了)

 

 

◆取材協力

株式会社ルーフ https://www.ruf.jp/

木村武史 Instagram / Facebook

 

◆Text:Daichi Nakamigawa

◆Photo:Teruhisa Inoue/CARGUY Racing(race images)

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【特集】エミレーツ国立自動車博物館。

20200110

 

1:博物館外観。

 

 

アブダビ市街から車で40分くらい。とにかく砂漠を突き進み。目の前に現れるこの奇妙な光景。

 

そびえ立つピラミッドと、砂漠のど真ん中になぜか航空機。

 

 

入り口で1000円くらい払って敷地内にはいるとこんな感じ。

 

あまり手入れされてない駐車場、その真ん中に誇らしげにたたずむでっかい地球型のクルマ。中に人が乗れるらしい。来場者をまず驚かせるサプライズらしい。

 

まったく興味をひかれなかったのでとりあえずスルー。

 

 

こっちには世界一でかいジープ(飾りじゃなく実際に動く)。

 

 

ちなみに、奥に見えるでっかいプレハブ小屋も牽引式キャンピングカー。東京にある一軒家よりも確実にデカイ。

 

これらも容赦無くスルー。

 

 

博物館入り口に放置されていたのは、メルセデス350SEL。

 

いつもと少し雰囲気が違うのは、オシャレな足元のせい。夜の銀座でもしっかりと個性を発揮する絶妙なハミタイ具合。

 

 

 

2:博物館内部へ。

 

もう中に入らないで帰ろうかなと思ったんだけど、一応ピラミッドの中へ。

 

そしたら一転。

 

すごいったらアリャしない。

 

 

この所蔵台数。イケてるディスプレイ方法(マジで凄い!)。

 

主には古いアメ車を中心とした内容で、年代ごとに並べられたその光景は圧巻。

 

 

いやー、すごい。

 

 

うんうん。スゴイスゴイ。

 

けれども。ボクがこの辺まったく詳しくないので細かいハナシは割愛。

 

 

 

3:ザ・石油王なメルセデスが最高すぎる。

 

さて、ここからが本番。

 

エミレーツ国立自動車博物館のピラミッドのなかで一番のホットポイントがメルセデスコーナー。だってこの状態⬇︎だもんね。

 

 

虹色に輝く560SEL。

 

この光景をみて思い出した。そういえば小学生のころに「どこぞの砂漠の国王がベンツの最上級モデルを虹色で揃えてる」みたいな話を聞いてビックリした記憶があるもの。

 

それが目の前にあると思うとなかなかの感動。

 

 

内装までフルコーディネート。

 

 

サイドマフラー&オバフェンなどといったさり気ないセンス。奇抜カラーリングだけに頼らないディテールも胸アツ。

 

 

上は闇金仕様のSEL500。

 

下は配色の妙で魅せるSL。

 

 

レインボーカラーとゴールドクロームの色使いはオシャレ上級者テク。

 

 

少し地味だけど、東京のミリオネアにおすすめしたいのが⬇︎。

 

 

W220 Sクラスのオープン。2010年に1億5000万円で特別販売されたマイバッハ・ランドレー(下写真)を先取りしたかのような一台。

 

 

こういうビミョーなクルマ(上写真)が、国立を名乗る博物館に、素晴らしいディスプレイの中で鎮座。

 

クセの強さがとても異次元。

 

 

 

4:実は全部がとある人物のプライベートコレクション

 

最後を飾るのはコレ。

 

 

世界一大きいダッジのトラック。前にちょこんと置いてあるのが普通のやつ。車体の下の階段を使ってきちんとクルマにも乗れるようになってる。

 

少し真面目な話をすると。

 

デカいトラックの後ろに肖像画が飾られてることにピンと来る人もいるかもだけど。

 

この博物館にあるクルマの数々は、もともとはハマド・ビン・ハムダン・アル・ナヒヤーン氏のプライベートコレクション(ナヒヤーン家はアブダビ首長)。

 

偉大な功績を残し、レインボー・シェイク(シェイクは首長の意味)と呼ばれたそうで。そんなエピソードを知ると、あの虹色メルセデスに隠された想いも見えてくる。

 

 

デカさにこだわり。

 

虹色にこだわり。

 

クルマ選びもどこか一般とはズレた選球眼で。

 

少し変。でも滲み出るクルマ愛。そこが魅力のエミレーツ国立自動車博物館。

 

今よりももっと昔。まだ中東の国が謎めいていた時代。そんな時に砂漠のど真ん中で繰り広げられていた「豪華絢爛アラビアン国王ライフスタイル」を今に伝えるかのような。

 

(おしまい)

 

◆Text : Nori Tohyama

 

 

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